「脱炭素経営の実現が企業価値向上につながる」

マッキンゼー & カンパニー パートナー 呉 文翔(くれ ぶんしょう)氏

欧州が一歩リードする脱炭素経営戦略に、今すぐ日本企業がとるべきステップとは?世界的コンサルティングファームとして知られるマッキンゼー&カンパニーのパートナーである 呉文翔氏が語る、世界と日本の脱炭素経営のリアルな現状をお届けします。呉氏には、2022年8月31日「スマートエネルギーWEEK秋」特別セミナーにもご登壇いただく予定です。

・プロフィール【呉 文翔】

マッキンゼー・アンド・カンパニー 東京オフィス パートナー。マッキンゼーのアジア地域のPrivate Equity / Principle Investorグループのリーダー。また、サステナビリティ投資/ファイナンスサービスラインのリーダーも務める。ポートフォリオ戦略、企業買収・事業売却、統合マネジメント、投資先企業の事業価値向上施策立案などのコンサルティングを提供。2015年からマッキンゼーの東京オフィスに参画。マッキンゼー入社以前は三井物産にてエネルギーセクターでの石油・ガス業界における事業投資案件に従事し、ロシア、欧州、アフリカのクロスボーダーM&A案件を担当してきた経験を持つ。慶應義塾大学法学部法律学科(学士)卒業/ハーバード大学経営学修士(MBA)修了。
 

■ESGや炭素排出量から、企業価値をみる時代
―呉さんは、サステナビリティ関連事業への投資や投資先の脱炭素化支援など、脱炭素領域で多くの案件を手掛けていらっしゃるとお聞きしています。

呉:私は現在、マッキンゼー東京オフィスのパートナーとして、プライベート・エクイティとプリンシパル・インベスター研究のリーダーをやっております。マッキンゼー入社前は、ハーバードでのMBA取得をはさみつつ三井物産に9年間おりまして、油田・ガス田の買収案件やLNG権益の買収案件などを担当していました。マッキンゼーに移籍してからは、M&Aや投資戦略といったところを中心に、日本の総合商社やプライベートエクイティファンド、政府系投資ファンドに向けた支援を行っています。
ここ数年は、総合商社、プライベートエクイティファンド、政府系投資ファンドも、自社が保有するポートフォリオ会社の脱炭素化や、ESGスコアの改善に非常に注力しています。以前は企業買収後の売上げ拡大やコスト削減が企業価値向上の主なレバーでしたが、ここ最近は脱炭素化も新たな企業価値向上のレバーとして加わっている印象です。例えば買収先の営業車をEV(電気自動車)化したり、工場の電力を火力発電から再生可能エネルギーに転換したりといったことで脱炭素化をはかりますので、その戦略的シフトのサポートも行っています。また、買収対象会社の企業価値や買収後の改善ポテンシャルを判断する際にESGや脱炭素の立ち位置をみる「ESGデューデリジェンス」も担当しています。

 

―カーボンニュートラルの流れで、「ESGデューデリジェンス」への注目度が高まっているのですか。

呉:そうです。ESGやサステナビリティというと、数年前まではCSR的な要素が強くて、どちらかというと広報PR的な位置づけでした。しかし今は、欧州を中心に金融機関が融資先に対して温室効果ガスの排出量計測や目標設定を要求します。本邦の金融機関も目標設定や目標達成に向けた道筋設定に非常に注力していらっしゃいます。欧州だと石炭火力に関する融資をしない、などハードなスタンスをとっている金融機関もあります。日本でもプライベートエクイティファンドや総合商社が企業買収や事業投資をする際の融資条件とESGのアセスメントを要求する金融機関も出てきています。さらに上場会社であれば、ステークホルダーに対してESGや炭素排出量に関してしっかりと対策をしていることを示す開示が求められています。このようなことから「ESGデューデリジェンス」が求められることが非常に多くなってきています。

 

―中小企業の方の中には、脱炭素経営は大企業だけにかかわる話だと思っていらっしゃる方もおられます。現状はいかがでしょうか。

呉:中小企業の事業継続・成長を支えるキャッシュフローや運転資金の確保の観点から、金融機関の視点は非常に大切です。8対2の法則ではないですが、金融機関も融資金額や温室効果ガスの排出量が大きい順にレバーを引いていくとは思います。つまり、まずは大企業との協業がスタートポイントになります。しかし当然、残りの融資先のお客様を無視しているわけではなく順番にやっていくので、トレンドとしては不可逆的です。昔に戻って「やらなくていい」とは、なりません。金融機関や市場から中小企業に対してどのくらいのタイミングでエンゲージメントが開始するかは業界や個社の事情によるところが大きいですが、競合に先んじて動くことは大事だと思います。

 

―ある程度コストがかかることを覚悟しても、脱炭素に動けば長期的には企業価値につながるということですね。

■脱炭素経営は、スモールステップで進められる

―8月31日「スマートエネルギーWEEK秋」展特別セミナーでは、呉さんとともに「ゼロボード代表取締役 渡慶次道隆氏」「ブルーボトルコーヒージャパン代表 伊藤諒氏」の3名にご登壇いただきます。どのような内容になるでしょうか

呉:詳細はこれから3人で相談する予定ですが、私としては「脱炭素経営は、大掛かりなことを皆で一気にやらないといけないから大変」というよくある誤解をときたいです。まずは自分達の現時点の排出量を測ってみる、競合他社はどう開示しているかを調べてみる、といったスモールステップを踏みつつ進めていけるヒントになるようなお話ができればいいなと思っています。

 

―知見のある3名のお話をリアルに聞くことができる機会はなかなかないですし、かみ砕いてお話しいただけると多くの方に響くと思います。

呉:そうですね。脱炭素経営やサステナビリティの浸透に伴い、大きな転換としては「これから先、脱炭素経営をしていくことが様々なステークホルダーから求められる」ということですね。例えば、金融機関からしたら、融資先企業の工場の製造過程でどのくらい温室効果ガスを排出しているのか、それを適切に開示し、削減目標の設定をしているか、ということは今後非常に重要な視点になります。しかし、「排出量を測ってそれを削減する」といっても、どういう物差しでやったらいいのか、自分達の調達先や顧客の排出量までも把握できるのかと、どこから手をつけていいのか分からない企業は少なくないと思います。
ですから今回のセミナーで、ゼロボードのような会社が何に取り組んでいるのか、実例をお届けできるのは重要なことでしょう。また、ブルーボトルコーヒージャパンのように、エシカルをミッションとして掲げて脱炭素を強く意識してきた企業では、コストをかけて利益が一定程度毀損したとしても企業価値を高める選択をしています。EBITDAマルチプルはプライベートエクイティファンドなどが企業価値評価の一つの指標として使っている評価方法ですが、、脱炭素経営に取り組むことにより短期的なEBITDAが下がったとしても将来の成長性を見込んだマルチプルの向上により企業価値を高めることもできます。このあたりのお話を3人でできるといいかな、と思っています。

また、「これから先、脱炭素経営をしていくことが様々なステークホルダーから求められる」と発言しましたが、これはビジネスオポチュニティととらえることもできます。つまり、脱炭素経営に企業が積極的に動くことでサステナビリティリンクローンやグリーンボンドといった金融商品にアクセスが可能となり、企業にとって魅力的な金利・返済期間の条件で融資を受けることができるチャンスもあるということです。業界基準もまだない現状でどのように脱炭素経営をやるべきかの方向性の見極めについては、まさにゼロボードのような会社が頑張っているところです。他の人が定めた物差しが固まってしまうとそのルールでプレイするしかなくなってしまいます。だからこそ、早めに動いた方がいいというのは、強くメッセージとして出したいです。

 

―今はまさに、人類全体が、走りながら脱炭素経営のやり方を考えているような状況ですよね。

呉:そう思います。本件に関しては欧州の金融機関や企業が先行している部分もありますが、日本は日本で特殊なビジネス環境だったり、要因があるので、先行企業から学ぶのはいいですが、そのままコピーアンドペーストできるほど単純ではありません。我々コンサルティングファームはどうやったら日本独自の枠組みを作れるのかを考えています。日本独自のメッセージングを出しつつ仕組みを作っていければ、日本がこの分野でアジアの中でリードをとれるポジションになる可能性があります。私はそこを、強く支援していきたいなと思っております。