【カーボンニュートラルへの架け橋 6】

「核融合産業を日本に」

京都フュージョニアリング(株)共同創業者 兼 代表取締役  長尾 昂氏

9月開催の脱炭素経営EXPO同時開催セミナーに、大学発・核融合スタートアップ企業である京都フュージョニアリングの長尾 昂氏が初登壇されます。究極のクリーンエネルギーと言われてきた核融合発電。米英が2030年代の商用化に向けて動き出すなど変革の時期を迎えた今、「世界で一番の技術は日本にある」と語る長尾氏に、9月セミナーに先駆けてインタビューに登場いただきました。

・プロフィール【長尾 昂】

2019年に創業者として京都フュージョニアリングを設立。代表取締役として、ラボスケールの研究開発を起点に核融合事業を立上げ、戦略立案、資金調達、人材採用を推進。
KF社設立以前には、Arthur D. Little Japanにて、新規事業などの戦略コンサルティング、エネルギースタートアップのエナリスにて、マザーズ上場、資本業務提携、AIを活用したR&D等を主導。
京都大学 協力研究員。京都大学 修士(機械理工学)。

 

■日本の核融合産業誕生に向けた、大きな変化

―京都フュージョニアリングは、京都大学発スタートアップ企業として2019年に創業されました。長尾さんが現・京都大学名誉教授の小西哲之さんらと共に会社を立ちあげられた経緯からまずお聞きかせください。

長尾:京都大学の大学院で機械理工学を学びながら、周りに優秀なエンジニアがいるのを見て、私が日本の製造業に貢献できるとしたら彼らを支える戦略立案の分野ではないかと考え、修士取得後に経営コンサルティングファームに就職しました。その後はエネルギーのスタートアップに転職。エネルギー全般を学ぶとともに上場も経験し、充実した10年でした。

京都フュージョニアリングの設立は、現在は私達の株主でもある京都大学のファンドが、ちょうど起業家候補を探していたのがきっかけでした。「機械設計がおよそ分かっていて、経営経験もあって、スタートアップも知っていて、エネルギー全般の諸事情をきちんと理解できる人で、できれば京大出身者がいいよね」といった条件を満たす候補が複数名いる中で、最終的に私が選ばれることになりました。結果、小西らと共に核融合の早期実現と核融合産業を日本で作りたいとの思いから、起業し、現在に至ります。

 

―設立後の約3年で、経済産業省より「J-Startup」認定、直近5月には17事業者から105億円(累計122億)の資金調達を実現するなど、話題となりましたね。京都フュージョニアリングの名前が知られるのと併せて、世間の核融合炉発電への注目と期待は2023年の今、急速に高まっていると感じます。

長尾:創業した2019年当時は、技術者以外は核融合を知っている方は珍しかったです。また核融合の研究が始まって以降、いつの時代にも「30年後に実現する技術」と言われていたりもしました。ところが近年、世界的にパラダイムシフトや技術的ブレークスルーが多数あったことで、課題とされてきたものが大きく取り除かれつつあります。海水を燃料とし、CO2を排出せず、高レベルの放射能廃棄物も出さない核融合炉発電は、カーボンニュートラル実現の大きな切り札となろうとしています。

 

―本年4月内閣府が「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を策定。さらに6月には総理より「研究開発投資を加速し、いち早く社会実装につなげる」との発言もあり、日本も当初2050年を核融合発電実現時期としていたものを前倒しして原型炉の発電実証に向けて動き出しました。

長尾:日本がエネルギー領域の重要なコンセプトとしているのは、エネルギーミックスという考え方ですよね。1つの電源種別ですべてを賄えないので、複数の発電源をバランスよく整理していきましょう、と。そのなかで、資源が限られる日本では 、核融合というオプションがでてくるわけです。また、世界の投資家達の間でも「SDGsを本当にやっていかないと地球の限界が見えてくる」との合意形成があり、スタートアップへのリスクマネー供給の流れがあることも見逃せません。

日本を含む世界7極(35ヵ国)が参加する核融合実験炉建設ITER(イーター)の完成も見え始めているなど、技術は大きな進歩を見せています。しかし私が一番変わったなと思うのは、お金の流れです。資金を費やすことができれば技術の実現に向けてやれることがあります 。例えばNASAがロケットを飛ばして月まで行ったというのも、やはり相当な資金があったからこそできることであって、 厳しい予算の中で上手くやる必要があるとなれば 、どうしてもリスクが取れずイノベーションは起こりにくい。

核融合も同じです。これまではリスクマネーを投じるリスクをとれる人が少なかったのですが、世間のエネルギーに対する考え方、つまり脱炭素に対する考え方が大きく変わったことで、自分のお金をちゃんと供給したいと考える投資家が出始めており、それが大きな変化として現れてきているのではないかと捉えています。

 

■核融合炉ではなく、周辺技術やサポートを主軸に

―急速に注目を集める核融合ですが、その中で御社は核融合炉そのものを作ることよりも、その周辺に位置する特殊プラント機器の販売や、世界有数のプラントエンジニアリングに関する技術力を使ってサポートを行うことを主軸とされていらっしゃいます。

長尾:ユニークだと言われます。現在、核融合炉には「磁場閉じ込め式(トカマク式、ヘリカル式)」や「慣性閉じ込め式(レーザー) 」をはじめ、様々な種類があります。当社は1つの炉形式に固定することなく、国立の研究機関やスタートアップ企業と協力しながら核融合発電を早期実現することを目指しています。具体的には 、「1億℃が必要となる核融合のために、加熱装置や特殊燃料のリサイクル装置、中性子を熱に変える装置などを提供する」「重要なコンポーネント部分を、先回りで開発して納品する」ということを事業にしています。

 

―縁の下の力持ちとして、代替がきかないサービスや製品、ソリューションを提案すると。

長尾:おっしゃる通りですね。例えばiPhoneは日本のカメラやディスプレイ技術がなければ、これだけ高精度なものはできなかったと思うのです。それと同様に、「京都フュージョニアリングが提供するエンジニアリング技術や機器によって核融合発電を実現できる」というような、立ち位置をとりたいと思っています。世界の核融合炉の主流はまだ確定していませんが、その中でいろいろな方達とコラボレーションしている点もユニークと感じてもらえる点ですね。
 

■グローバルな核融合の現状を、セミナーで詳しく

―9月脱炭素経営EXPOでは、スマートエネルギーウィーク初の核融合をテーマとしたセミナーが開催されるということで、期待されている方も多いのでは思います。どのようなお話になるでしょうか。

長尾:今年4月に内閣府が「フュージョンエネルギー・イノベーション戦略」を発表し 、核融合は技術開発だけではなく、産業そのものを作っていくフェーズに入りました。私達はビジョンとして、1社単独で実現するのではなく、様々なステークホルダーと協力しながら、核融合産業そのものを作りたいと考えているのです。そのためには、日本の技術を持つ方々に核融合という新しい取り組みに参画していただくことで 、日本全体として盛り上げていかなければなりません。セミナーでは、核融合に関心を持っていただき、一緒に産業を作り上げていくことに賛同いただけるよう、グローバルな核融合の現状やリアルな情報を説明させていただこうと思っています。

1社だけでできることは限られます 。将来、核融合産業が今の自動車産業規模に育つためには、エコシステムやサプライチェーン等をしっかりと作っていかなければなりません。皆様には、ぜひ今の段階から核融合領域の業界動向を注視していただきたいです。

 

―核融合の産業化に向けた取り組みは、今後、さまざまな国で一気に動き出すと思われますが、長尾さんから見て日本の強みというのは何でしょうか。

長尾:私は核融合発電の実現には、日本の高い技術力が必ず必要になると考えています。例えば核融合炉建設のために特殊な鉄の塊を使って巨大な装置を作る際にも、1ミリの誤差も許されないレベルの正確さが求められます。それができるのはやはり日本の技術力だと信じていますし、日本が持っている産業基盤そのものが、核融合の実現に一番近いところにある技術群だと思っています。キラリと光る技術を持った中小企業の方々や職人と言われるようなエンジニアの方達がいること自体が、日本の宝だと思っています 。もし核融合を1つの国だけで作るならば、それは日本しかないというのは、海外でも言われているんですよね。

 

―最後に来場者の方にメッセージを。

長尾:核融合に少しでも興味を持っていただける方であれば、ぜひ聞きにきていただきたいです。弊社には半導体製造装置産業やプラントエンジニアリングなど異業種からチャレンジしている社員も多く 、核融合に応用できる技術をすでにお持ちの方もたくさんいらっしゃると思います。核融合産業は、大きく変化する節目にあります。一人でも多くの方にこの流れを知っていただき、新しいご縁となることを願います。