【5分解説】世界が「核融合」に注目する理由
「究極のエネルギー」はいつ実用化するのか?
太陽内部で発生している「核融合反応」を人為的に起こし、エネルギーを取り出す「核融合発電」が話題だ。
近年急速に研究開発が進み、核融合スタートアップも続々誕生。
MicrosoftやGoogleなどビッグテックも投資を始めるなど、クリーンエネルギーに移行する上での最重要技術として世界中から熱視線を集めている。
欧米では既にビジネスパーソンの必須教養になっているが、まだよく知らないという人も少なくないだろう。
そこで、人類初の実規模核融合実験炉を実現しようとする超大型国際プロジェクト「ITER(イーター)」でチーフ・ストラテジストを務める大前敬祥氏が核融合について解説する。
その内容は、2月28日から東京ビッグサイトで開催される「スマートエネルギーWeek春2024」で大前氏が講演する内容の導入となるものだ。
大前氏の話に触れれば、核融合発電が単なるテクノロジーのトレンドではなく、人類の生活を大きく変える可能性を秘めた「ヤバい」ものであることがお分かりいただけるだろう。
なお、記事を通じてエネルギーの最新動向に興味を持った方は、文末に掲載した本展の詳細をご覧いただきたい。
本展は、水素・燃料電池、スマートグリッド、バイオマス発電、ゼロエミッション火力など、各分野の先端技術が展示される世界最大級のエネルギー総合展。
エネルギーのリテラシーを高めたいビジネスパーソンにとっては、網羅的に情報を得られる貴重な場となるだろう。
「産業革命」を優に超える衝撃
近年、核融合に対する世間の関心が高まりつつあり、私も講演する機会を多くいただいています。この分野に携わる一人として、とてもありがたいことだと思っています。
その一方で、核融合エネルギーが実用化することのインパクトがいま一つ伝わっておらず、もどかしさを感じることも少なくありません。
昨今、先進的なテクノロジーや革新的なサービスが数々登場しています。核融合エネルギーもそれらと同列のトピックの一つと思われている節がありますが、次元がまったく違います。
その衝撃をあえて表現するなら、数百万年に及ぶ人類の歴史をA4一枚にまとめるとしても必ず載るレベル。「なぜ、そこまで言えるのか?」と疑問に思った人もいるでしょう。
核融合エネルギーの実用化とは、人類が有史以来はじめて太陽エネルギーから独立できることを意味します。それは産業革命を優に超え、人類の二足歩行の開始などと同列で語れるくらいのインパクトなのです。どういうことかを説明しましょう。
「地上に太陽を創る」人類史上最大の国際プロジェクトITER計画の最高戦略責任者。世界7極(日欧米露中韓印)で国際機関「ITER機構」を南仏プロヴァンスに設立、人類のエネルギー問題解決の為「核融合実験炉」を建設中。NTTコミュニケーションズ(中国&インド駐在)、米系戦略コンサルティング会社を経て現職。専門領域はグローバル×テクノロジー×経営。香港科技大学(HKUST)ビジネススクール卒。
現代の私たちの生活や文化の多くは電力が支えており、電力はエネルギーの形態の一つです。その上で、エネルギーにもさまざまな種類がありますが、良く考えてみると全ての根源は太陽といっても過言ではありません。
太陽光はそれそのものですが、風も太陽光により大気が熱せられて生じます。
化石燃料も同様です。植物は太古から光合成によってその生命を維持し、植物を食べることで動物も繁殖できる。それが今日、時間を越えて我々の眼の前に化石燃料として残されています。つまりどちらも太陽がなければ存在しません。
太陽では常に核融合反応が起こり、そこで放出されたエネルギーが長い時を経て地球に届いている。それがもたらすさまざまなエネルギー源を形を変え時間を越えて活用し、私たちは生活をしているのです。
この太陽で起きている核融合反応を、人類が自らの手で再現できるようになれば、我々は「無限のエネルギー」を手に入れることになる。それが「太陽から独立する」ということなのです。
■核融合の本当の「ヤバさ」
近年、水質汚染や水の使用量の増加、並びに砂漠化の進行などにより水問題が世界各地で深刻化しています。また、地球上の人口が増え続け、将来的な食糧危機が指摘されていることをご存知の方も多いでしょう。
我々人類の種の生存を脅かすこれらの課題も、核融合エネルギーが実用化されれば、乗り越える道筋が見えてきます。それはなぜか? 発電コストが劇的に下がると考えられるからです。
水不足の問題を例に挙げましょう。海水はほぼ無限に存在するので、それを淡水化できれば問題は解決します。そして、その技術は既に実用化されている。
にもかかわらず、淡水化プラントが未だに広く普及していない大きな理由のひとつは、その運転に大量の電力を消費するためです。シンガポールやドバイなど経済的に恵まれた国でないと運用できないのが現実です。
核融合エネルギーは、この電力コストの壁を乗り越えられます。
地球上で我々のテクノロジーによって核融合反応を引き起こすために最も効率が良いとされる燃料が重水素と三重水素。これらは海水または海水由来で燃料とすることが可能であり、ほぼ無尽蔵に採取できる。
つまり、超長期的目線で考えれば、ほぼノーコストとも言える燃料源を用いてエネルギーを生み出せる。
そのため、核融合技術が実用化されれば、貧困国でも運転コストが激減することで淡水化プラントの運用が可能になります。
食糧問題も同様です。LEDとロボットを24時間稼働させながら野菜などの生産を行う植物工場は既に存在しています。
当然ながらその運転コストの多くを占める電気代に食料工場の経営は左右されますが、核融合技術が実用化されれば、ローコストで植物工場をフル稼働させられる。
「地球上で100億人しか人類を賄えない」といわれている食糧問題の限界値を超えられる可能性があるのです。
Nikolay Evsyukov / Getty Images
さらに付け加えると、海水はほぼ無制限に存在し、多くの沿岸国・地域からアクセス可能ですから、海水由来の燃料が主要なエネルギー源になれば、有史以来続くエネルギー利権を争う目的の国際紛争は終結するでしょう。
ここまでの話だけでも、核融合エネルギーがとてつもない可能性を秘めていることがおわかりいただけたのではないでしょうか。
核融合エネルギーを取り出す「最初で最後の実験炉」
核融合の研究はアメリカ、ソ連、欧州などで秘密裏に進められてきました。日本でもノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹博士らを中心に研究や技術開発が行われていました。
ところが、あまりの難しさに、各国の科学者たちは、自国だけではとうてい実現不可能と頭を悩ませていました。
そこで、彼らは1970年代の冷戦時代から「鉄のカーテン」の陰でひっそり情報を交換し、人類の究極の挑戦を前に進めていたのです。
そんな核融合研究の国際協調が一気に前進したのが、1985年11月にジュネーブで行われた米ソ首脳会談(通称「レーガン・ゴルバチョフ会談」)。
核融合エネルギーの実現可能性を実証するための核融合実験炉を、国際共同プロジェクトによって建設・運用することで合意し、それが今日の「ITER計画」の礎となっています。
ITERは、核融合エネルギーを取り出す「最初で最後の実規模大の実験炉」です。ITERを経て、あとはその技術や知見を全世界で共有し、各国において「原型炉(発電実証プラント)」を造るフェーズに入ります。
そして、その原型炉が確立されたら、その技術をもとに「商用炉(コマーシャルプラント)」が各地に設置されることになり、従来の原子力発電所や火力発電所等から核融合炉にリプレースすることも考えられます。
それが核融合から私たちが「無限のエネルギー」を享受できるまでのおおまかな流れです。
その意味で、ITERは核融合を実現する「ゴール」ではなく、核融合エネルギーの実用化・商用化という最終ゴールに向かう「道」と言えます。
核融合における日本の「ものづくり」の強み
2020年7月、仏サン・ポール・レ・デュランスでITERの本体の組み立てが開始されたことを受け、各国における原型炉の開発競争の号砲が鳴りました。
核融合ビジネスもにわかに活況を呈しています。核融合スタートアップに巨額の出資が集まり、GoogleやMicrosoftといったビッグテックも核融合の分野に参入しています。
しかし、画期的なテクノロジーや技術を持ったスタートアップがすい星のごとく現れたからといって、1社の力では核融合の実用化が進むわけではありません。「核融合」とは多様な技術が集合する「技術群」だからです。
核融合反応を地上で起こすことは既に可能であり、人類は既に実現しています。ですが、その反応を利用し、我々の生活を支えるだけのエネルギーを取り出すには、大規模な核融合炉が欠かせません。
つまり、核融合の実用化とは、プラントレベルで核融合炉を造り、安定的に運転できてはじめて見えてくるものです。
いま建設中のITERトカマクマシンは、30メートル×30メートルという超巨大なマシンです。精密な機械式時計を30メートル×30メートルの規模で組み上げているような、究極のものづくりの世界と言えるでしょう。
ITERトカマクマシンのCG画像。マシンの規模は高さ、幅ともに約30mになるという(出典:ITER機構)
その中で、ビッグテックやスタートアップの技術が生かされる領域もあれば、日本の高度な「ものづくり」の技術が広く生かされている領域もある。
高圧に耐えうる溶接技術や高温のプラズマを閉じ込めるための超電導磁場コイルなど、核融合炉に必要な部材や技術を提供するメーカーが国内にはたくさん存在します。
日本が今日現在「世界で唯一、自国だけで実規模核融合原型炉を製造できる」と言われる所以です。
核融合炉は人類の英知の結集とも言えますが、それゆえ核融合の分野からさまざまな技術がスピンアウトし、あらゆる領域で私たちの生活を豊かにしています。この点も核融合の研究開発が我々にもたらすメリットと言えるでしょう。
「人類が太陽から独立する」未来に向けてタスキをつなぐ
ITERはマシンの組み立てを開始し、様々なプラント設備も着々と建設が進められています。
並行して、日本でも茨城県那珂市にて、日欧が共同建設した現在世界最大のトカマク型超伝導プラズマ実験装置「JT-60SA」の試験運転が行われており、2023年10月には初のトカマクプラズマの生成に成功しました。
また、各国における原型炉の建設に向けた具体的な検討も進められています。日本においても安全法規制に関して議論を重ねているところです。
しかし、それでも「商用の核融合炉が各国で稼働し、人々が自由に電気の供給を受け、エネルギー問題が解消される」という最終的なゴールには、私たちが生きているうちにはたどり着けないかもしれません。少なくとも今世紀半ばまでの実現は難しいでしょう。
「核融合炉から発電した電気が電気グリッドにつながれる」というマイルストーンであれば、それは今世紀中には実現可能ですし、私個人としては今世紀の半ばまでには実現したいと思っています。
潤沢なプライベートマネーを得たどこかのスタートアップが、ITERより先に実現する可能性もゼロではありません。
ただ、その核融合炉が一つ実現したからといって、すぐに世の中が激変するわけではありません。
1903年にライト兄弟が人類初の有人動力飛行に成功しましたが、ジェット旅客機が世界中を飛ぶようになったのは何十年も後のことです。
それと同じで、現在のエネルギーの主流である原子力発電や火力発電が、核融合発電へと完全にリプレースされる未来にたどり着くにはかなりの年数がかかるのは事実です。
だからといって、今を生きる私たちにいっさい関係のない話ではありません。
人類の歴史を変えるほどの技術開発は、時空を超えた“駅伝”みたいなもの。いま、核融合に携わる一人ひとりが“区間賞”を取るつもりで、全力で走り続けることが大事です。
ITER施設内の現場視察をする大前氏(出典:ITER機構)
ITERに携わっている私にとっても、多くの先人たちによって引き継がれたタスキを受け取り、与えられた区間を全力で走り切り、次の世代にタスキを渡すことが使命です。
その考えで仕事に向き合ってきたことで見えてきたことがいくつもあります。
2月28日から行われる「SMART ENERGY WEEK」では、この辺りの踏み込んだお話をし、人類の旅「ITER計画」の実際の建設最新状況について皆さんにご報告したいと考えていますので、ぜひご参加ください。
NewsPicks Brand Design 制作
構成:堀尾大悟
デザイン:小谷玖実
編集:下元陽
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