【カーボンニュートラルへの架け橋 5】

「水素サプライチェーン商用化の実現へ」

技術研究組合CO₂フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)理事長/川崎重工業(株)水素戦略本部副本部長(上席理事) 山本 滋氏

脱炭素の鍵と言われてきた水素エネルギー利用の計画が、大きく動き始めています。水素サプライチェーン商用化を目指し世界に先駆け取り組んできた川崎重工 上席理事であり、「技術研究組合CO₂フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA)」理事長に就任された山本滋氏に、水素エネルギーの最新動向をお聞きしました。山本氏には、2023年3月15日「FC EXPO水素・燃料電池展」同時開催セミナーにもご登壇いただく予定です。

・プロフィール【山本 滋】
1987  川崎重工業(株) 航空機事業本部 入社
1987~ 航空機の各種改造/開発プロジェクトに従事
2015~ 技術開発本部 水素チェーン開発センター に転籍以降、水素事業に従事
2021~ 水素戦略本部 副本部長(上席理事)
2023~ 現職
 

■大手7社が力を合わせ、2030年商用化を目指す

―山本さんが、「技術研究組合CO₂フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA/ハイストラ)」理事長に就任され1か月が過ぎました。

山本:HySTRAは2016年に新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業の実施団体として設立されたもので、日本に向けて海外から大量の水素を持ってくるという液化水素サプライチェーン構築の実証を行っております。川崎重工のほか電源開発、岩谷産業、シェルジャパンの4社でスタートし、現在は丸紅、ENEOS、川崎汽船の計7社が組合員となり、2030年頃の商用化を目指した技術確立と実証に取り組んでいます。最新の状況としては「オーストラリアで水素を作り、液化した水素を船で運んで日本に持ってくる」という、パイロットレベルのサプライチェーンを昨年2022年に完遂し、現在も継続して実証事業を行っております。

 

―川崎重工が建造した世界初の液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」による日豪間の液体水素輸送試験ですね。カーボンニュートラルの流れの中でCO2を排出しない水素エネルギーへの追い風が吹いている昨今ですが、川崎重工ではかなり前から水素に着目されています。

山本:川崎重工は極低温の液化水素を扱うことを40年ぐらい前からやっておりまして、液化水素を使っている種子島のH-IIロケットの燃料タンクなど関連事業をずっと続けてきました。そもそもLNG(液化天然ガス)を長く手がけていますのでLNGの大型運搬船や地上タンクもやっており、それの液化水素版をやっていこうじゃないかという経営計画のもとに始まったものです。1社では難しい課題であることから、NEDOや組合員企業と協議しながら公募に応募して、HySTRAがスタートしたという経緯です。

 

―HySTRAは、石油や天然ガスのように水素が一般利用される「水素社会」を目指すとのことですが、一番の課題とされていることは何でしょうか。

山本:まずは「海外から水素を持ってくるサプライチェーンが本当にできるのか」という技術面をクリアすることです。現在は、次のステップとなる商用化に向けた大型化を目指し実証データの積み上げを行っています。さらに、「社会との共有」「社会的受容性」も重要視しています。これは例えば今回であればオーストラリアで水素を作りそれを運ぶわけですが、その際には住民説明などの活動が大切です。自治体や住民の方も含めて、技術的なこと以外でも両国でコミュニケーションをとりながら調整し実証していくというのが、大きなポイントであると考えています。

 

―今後の水素の需要についてですが、火力発電所が化石燃料ではなく水素を使うゼロ・エミッション火力に移行することで、需要が増大するのではと言われています。

山本:そうですね。今、世の中で水素というと産業用ガスやFCV(燃料電池自動車)向けが主流ではありますが、使う量としてはそれほど多くない。起爆剤としては、大量に使われる火力発電用燃料としての利用が期待されています。排気ガスは全て水蒸気ですから環境への負荷もない。そうなると水素が大量に必要になりますので、HySTRAとしては日本に水素のサプライチェーンを構築するための最初のステップを今、歩んでいるわけです。

 

―川崎重工の立場から見ると、現在はどのような状況に来ているとお考えですか。

山本:川崎重工の立場から申し上げると、次のステップとして商用レベルの大型化に取り組んでいます。一昨年、政府による総額2兆円の「グリーンイノベーション基金」がスタートしたのは大きな流れです。川崎重工は岩谷産業やENEOSと一緒に2030年以降に収益をあげるビジネスモデルを立ち上げるべく動いています。まだ設計などの検討段階であり、現段階で皆様にお見せできるようなものはないですが、2020年代後半の実証に向けて、今はエンジニアたちが、鋭意検討を続けているところです。

 

■トップを走る日本は、今後どう動くことが重要なのか

―水素に関しては、欧米と比較しても日本が技術的にトップで、ずっと先導してきた印象がありますが、今、ここにきてどんどん追いつけ追い越せの様子が見られるようになりましたね。

山本:HySTRAでは水素を「つくる」「はこぶ」「ためる」「つかう」ためのサプライチェーン技術を培っていますが、液化水素を船で運ぶという、世界で初めてのことを実現することができました。そして私たちはそれが技術的に可能であることを実証しただけでなく、同時に世界レベルで認められるルール作りを行いました。船は国境を跨ぎますので、国際間ルールが存在します。私たちは国土交通省のご指導の下、液化水素運搬船の運航手順や基準を作り、IMO(国際海事機関)の承認を得ることができました。世界標準をベースにしながら技術を確立することが、世界と伍していくためには必要だと考えています。

 

―日本の水素社会実現のためのアプローチは、どのようにお考えですか。

山本:天然ガスをイメージしていただくのはどうでしょうか。天然ガスは気体ですので、大量に運ぶのであればパイプラインを作ってガスのまま運べばよいわけです。実際、ヨーロッパなどではパイプライン網が整備されています。けれども日本やアジア地域というのは、どうしてもそれを通せないところがあるために、どのように安価で大量にガスを運ぶのかということで、冷やして液化天然ガスにした状態で輸送することになったわけです。島国である日本は、国際間のサプライチェーンを構築する上で、船で運ぶという事を避けては通れません。

それにヨーロッパであっても輸送を100%、パイプラインに頼るわけではなく、船で運ぶ場合もありえます。最終的には世界中に我々の技術を輸出する展開も考えられます。船による液化水素や液化天然ガスなどの運搬技術の確立で、世界の脱炭素に貢献できるのではないかと思っております。

■「FC EXPO」講演では、水素サプライチェーンを詳細に

―3月15日のご講演「国際水素サプライチェーン構築へ向けての取組み」についてお伺いします。どのような内容となるのでしょうか。

山本:まず一つは2016年から積み重ねてきたHySTRAの動き、についてお話します。確実に水素サプライチェーンを実現し、豪州で褐炭から水素を製造し、液化水素を日本に運び陸上に貯蔵したという実績ですね。「世界で初めてのことをやり遂げた」「各種データも取得し安全であることを証明した」というところを、皆さんにアピールしたい。世界中でさまざまな水素プロジェクトが立ち上がりつつある中で、実際に液化水素運搬船で運搬し荷揚げして貯蔵までをおこなったのは我々だけですから。

そして次のステップ、商用化に向けての課題についても考察します。先にお話した国際的ルールの整備・標準化に向けた取り組みが一つ。そしてやはりコスト面です。技術的に可能であっても水素の価格が高いままでは事業者様には認めていただけないし使ってもらえない。こういった課題をHySTRAの技術を足掛かりにクリアしていくようなお話をしたいと思います。

 

―「FC EXPO」では、HySTRAの展示ブースも予定されていますね。

山本:実際の実証の様子が分かる動画や、今日までの経過などを、皆さんに見ていただき、最新動向を感じ取っていただけたらと思います。

 

―川崎重工の展示ブースの内容も教えてください。

山本:川崎重工としては、HySTRAの水素サプライチェーンで船及び荷役基地を建造・建設する役割を担っておりますので、その実績や今後の大型化について紹介します。ほかにもモビリティ、鉄道車両、航空機、ロボット、精密機器などの社内各カンパニーが、脱炭素を目指して水素に関する取り組みをご紹介します。

 

―ありがとうございました。ご講演、展示とも楽しみにしております。

 

<スマートエネルギーWeek>

会期:2023年3月15日(水)~16日(金)10時~18時(最終日のみ17時まで)
会場:東京ビッグサイト
主催:RX Japan 株式会社

※11月17日現在。最新情報は展示会HPをご確認ください

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