ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化とは?
国内外の状況やメリット、課題を解説
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化とは?国内外の状況やメリット、課題を解説
熱エネルギーは、主に化石燃料を用いて供給されます。そのため、多くのCO2(二酸化炭素)が排出されており、カーボンニュートラルの実現に向けて、熱の脱炭素化は喫緊の課題です。
ヒートポンプは少ない電力で熱エネルギーを低温側から高温側へと効率よく移動させ、化石燃料と比較してCO2を大幅に削減できるため、熱の脱炭素化に役立つ技術として期待されています。
本記事では、ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化の概要や注目される背景、国内外の導入状況を解説します。熱の脱炭素化にヒートポンプを活用するメリットや課題もあわせて紹介するため、ぜひご一読ください。
▶監修:近藤 元博(こんどう もとひろ)
肩書:愛知工業大学 総合技術研究所 教授
プロフィール:1987年トヨタ自動車に入社。分散型エネルギーシステム、高効率エネルギーシステムの開発、導入を推進。「リサイクル技術開発本多賞」「化学工学会技術賞」「市村地球環境産業賞」他 資源循環、エネルギーシステムに関する表彰受賞。
その後、経営企画、事業企画等に従事し、技術経営、サプライチェーンマネージメント及び事業継続マネジメント等を推進。
2020年から現職。産学連携、地域連携を通じて環境経営支援、資源エネルギー技術開発等など社会実証に取組中。経済産業省総合資源エネルギー調査会 資源・燃料分科会 脱炭素燃料政策小委員会 内閣府国土強靭化推進会議 委員他
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化とは
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化とは、従来、化石燃料に依存していた熱利用のプロセスを、ヒートポンプ技術を活用したシステムに置き換えることでCO2(二酸化炭素)排出量を削減する取り組みです。
ヒートポンプは、低温から高温にポンプのように熱を移動させる技術です。空気熱や地中熱などの自然にあるエネルギーを汲み上げて移動させ、熱エネルギーとして利用します。

※出典:一般財団法人ヒートポンプ・蓄熱センター「ヒートポンプについて」
ヒートポンプを活用すると、上記のように投入する電力よりも多くの熱エネルギーを得ることが可能です。
取り込む熱は空気や地中から得られる再生可能エネルギーであり、天然ガスや石油のように燃焼時にCO2を排出しません。ヒートポンプの活用は、カーボンニュートラルの実現に貢献する方法として注目されています。
ヒートポンプの技術
現在、産業用ヒートポンプは、様々な性能の製品が提供されています。2024年時点のヒートポンプの技術レベルや利用用途は以下のとおりです。

※出典:株式会社野村総合研究所「令和5年度エネルギー需給構造高度化基準認証推進事業(産業用ヒートポンプ及び産業用冷蔵冷凍装置の国際ルール形成戦略に係る調査研究)」
ヒートポンプは、設定温度100℃未満の製品を中心に導入が進んでいます。近年では100℃以上の製品も商品化されており、技術開発の進展によってさらに利用範囲が拡大しています。
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化が注目されている背景
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化が注目される背景には、脱炭素化が進む電力分野と比較して、熱利用分野の脱炭素化が進んでいない状況が挙げられます。
特に業務部門や家庭部門では、エネルギー利用のうち暖房・給湯・冷房などの熱利用が多くの割合を占めており、そのエネルギー源の大半は化石燃料の直接燃焼によるものです。暖房や給湯にヒートポンプを導入できれば、大幅なCO2削減が見込まれます。
【海外】ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化の状況
カーボンニュートラル実現に向けた熱の脱炭素化を目指し、世界各国でヒートポンプの導入が進められています。以下では、海外におけるヒートポンプの導入状況や関連政策について解説します。
海外の導入状況
海外では、ノルウェーやフィンランドなどの北欧諸国を中心に、欧州でヒートポンプの導入が進んでいます。欧州でのヒートポンプの販売台数とストック台数の推移は以下のとおりです。

※出典:一般財団法人ヒートポンプ・蓄熱センター「2024年度 海外のヒートポンプ普及状況に関する調査」
2005年以降、欧州のヒートポンプ販売台数はおおむね右肩上がりに増加してきました。特に2022年はウクライナ情勢の影響もあり、販売台数は前年比約40%増の300万台を超えるまでに上昇しました。
ただし、世界のヒートポンプの導入状況は、国・地域間で大きく異なります。例えば、インドやベトナムなどではヒートポンプの認知度が低く、ほとんど導入が進んでいません。
海外の関連政策
EUでは、ヒートポンプは今後グリーンテクノロジー分野の中心的な存在として位置付けられています。
域内の多くの国が、既存の設備をヒートポンプに入れ替える際の補助金制度を導入しておち※、イギリスやスペインなど一部の国では、新築向けの補助金制度も整備しています。
また、アメリカでは、脱炭素化に向けた戦略の重要な手段として、ヒートポンプの導入が推奨されています。
例えば、連邦政府は、2050年までのGHG(温室効果ガス)ネットゼロに向けた長期戦略のなかで、ヒートポンプ空調・給湯のシェア拡大の重要性を明記しました。州政府レベルでは、カリフォルニア州やマサチューセッツ州などが補助金制度を設けています※。
※出典:一般財団法人 ヒートポンプ・蓄熱センター「2024年度 海外のヒートポンプ普及状況に関する調査 2024年11月」
【国内】ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化の状況
日本はヒートポンプ技術が進んだ国のひとつであり、エアコンをはじめ身近な設備にも導入されています。以下では、国内のヒートポンプの導入状況と関連政策を解説します。
国内の導入状況
日本では、家庭用ヒートポンプ給湯機(通称エコキュート)を中心に、ヒートポンプの導入が進んでいます。2001年から2022年までの家庭用ヒートポンプ給湯機出荷台数の推移は以下のとおりです。

※1出典:一般社団法人日本冷凍空調工業会「日本冷凍空調工業会 2050年CNに対する取り組み」
年間出荷台数が低迷した時期もあったものの、2022年は70.4万台を記録しました。2022年度末までの累計出荷台数は約877万台であり、資源エネルギー庁が発表したエネルギー需給の見通しでは、2030年度末までに1,590万台の目標が設定されています※1。
一方、産業用ヒートポンプ(業務用給湯ヒートポンプ、水熱源ヒートポンプ、熱風発生ヒートポンプ、蒸気ヒートポンプ)の導入状況は、以下のとおりです。

※2出典:一般社団法人日本エレクトロヒートセンター「産業ヒートポンプの概要と普及拡大について」
ヒートポンプは、多くの業種に利用できるポテンシャルを秘めている一方で様々な課題もあり、普及はこれからの状況です。ヒートポンプ導入の課題は後述しているため、あわせてご確認ください。
国内の関連政策
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化は、カーボンニュートラル実現に向けた施策の一環として推進されています。
2009年8月に施行された「エネルギー供給構造高度化法」では、地熱や太陽熱、大気中のその他の自然界に存在する熱などが再生可能エネルギーのひとつとして定義付けられました※1。
また、2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画では、産業分野でのヒートポンプによる脱炭素化や家庭・業務部門での普及促進の重要性が指摘されています※2。
国は、給湯省エネ事業(家庭用ヒートポンプ給湯機の設置費用の補助)や省エネルギー投資促進・需要構造転換支援事業費補助金(電化・脱炭素燃転型)などの補助金制度を実施し、ヒートポンプの導入を支援しています。
※1出典:一般財団法人 ヒートポンプ・蓄熱センター「ヒートポンプと再生可能エネルギー」
※2出典:一般財団法人 ヒートポンプ・蓄熱センター「2024年度 海外のヒートポンプ普及状況に関する調査 2024年11月」
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化のメリット
ヒートポンプの活用は、熱の脱炭素化の実現に貢献する複数のメリットをもたらします。以下で主なメリットを解説します。
CO2排出量を削減できる
ヒートポンプは、従来の石油やガスを燃料とするボイラーと比較して、直接CO2排出量を削減できる点がメリットです。
一般財団法人ヒートポンプ・蓄熱センターの試算では、家庭・業務・産業部門の燃焼機器をヒートポンプへ転換した場合、2050年には中位ケースで2018年度の排出量の約11%削減が見込まれると報告されています※。
特に、飲料業や繊維工業、食品業では、ヒートポンプへの代替が可能な温度帯の工程が多く存在し、ヒートポンプへの置き換えで大幅なCO2削減が期待されます。
エネルギー効率が高い
ヒートポンプは、少ないエネルギーで空気や水から効率的に熱エネルギーを得られるため、省エネルギー効果が期待できます。
ガスや石油を直接燃焼する場合、エネルギーロスがあり、消費したエネルギーを100%熱エネルギーとして利用できません。
ヒートポンプは、例えば先述のヒートポンプの原理図によると、大気中から「6」の熱を取り込み、「1」の電力で合計「7」の熱を生み出すことが可能です。この場合、COP(成績係数)は「7」となり、高いエネルギー効率で熱を利用できます。
ゼロカーボンでの熱供給につながる
ヒートポンプで取り込む熱の多くは、空気熱や地中熱など自然由来のエネルギーです。
ヒートポンプでは電力を使用しますが、再生可能エネルギー由来の電力を利用すれば、ゼロカーボンでの熱供給の実現につながります。
利用できる熱や用途が多い
ヒートポンプは、以下のように様々な熱源を利用して熱を生み出します。
- 空気熱
- 地中熱
- 水熱(河川水、地下水、海水、下水など)
- 排熱(工場、変電所など)
また、熱の利用用途も多様です。
- 冷房や暖房
- 冷蔵庫
- 給湯機
- 工場での加熱や乾燥
- ショーケース
- クリーンルーム
幅広い熱源から熱エネルギーを得られ、幅広い用途で利用できる点もヒートポンプのメリットです。
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化の課題
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化は多くのメリットがある反面、いくつかの課題を抱えています。主な課題は以下のとおりです。
- 初期費用が高い
- ランニングコストが高い場合がある
- 認知度が低い
- 設置・保守に関する人材が不足している
ヒートポンプは、既存のガスや電気を使用する熱機器と比べ、初期費用が高い点が課題です。規模や容量によって異なりますが、初期費用が2~4倍程度かかる試算も報告されています。普及には、補助金による支援や初期コストの低減が必要です。
また、ヒートポンプは電力を使用しますが、電力価格はガスや石油と比較して高いことも課題に挙げられます。特に、家庭部門でのヒートポンプ普及の際には、電力価格への施策が重要です。
その他、産業用ヒートポンプでは機器の認知や特長の理解が進んでいないことや、設置・保守に必要な技術者が不足していることなども挙げられます。
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化の事例
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化は、国内の各地域ですでに導入されています。数ある導入事例のなかから、いくつかの例を紹介します。

ヒートポンプは、地域冷暖房から工場での加熱殺菌・冷却工程まで、幅広い場所で活用されています。
※1出典:環境省「地中熱読本」
※2出典:一般社団法人日本エレクトロヒートセンター「産業ヒートポンプの概要と普及拡大について」
熱エネルギーに関連する最新情報なら「SMART ENERGY WEEK-スマートエネルギーWeek-」「産業熱の脱炭素化ワールド」へ
カーボンニュートラル実現に向けて、脱炭素に関する研究開発が行われ、社会実装が進んでいます。熱の脱炭素化を含め再生可能エネルギーの最新情報・技術動向を知りたいなら、「SMART ENERGY WEEK -スマートエネルギーWeek-」と「産業熱の脱炭素化ワールド」をご活用ください。
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各展示会では国内外の最新技術・製品・サービスの説明を直接受けられるため、最新の技術動向を把握したい方に最適な場所です。
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ヒートポンプは熱の脱炭素化に貢献する技術
ヒートポンプは空気や水などの自然由来の熱を汲み上げて移動させ、投入した電力以上の熱エネルギーへと転換します。CO2排出量の削減効果や省エネルギー効果が見込まれるため、熱の脱炭素化に貢献するとして注目されている技術です。
ヒートポンプを活用した熱の脱炭素化には複数のメリットがあり、家庭用ヒートポンプ給湯機をはじめ、地域冷暖房や工場への導入が進んでいます。高温の熱を供給可能なヒートポンプの開発も進められており、最新の技術動向の把握が重要です。
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熱エネルギーを含む再生可能エネルギーの最新情報を知りたい方は、ぜひご来場ください。
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▶監修:近藤 元博(こんどう もとひろ)
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2020年から現職。産学連携、地域連携を通じて環境経営支援、資源エネルギー技術開発等など社会実証に取組中。経済産業省総合資源エネルギー調査会 資源・燃料分科会 脱炭素燃料政策小委員会 内閣府国土強靭化推進会議 委員他
